米AMDは、同社およびARM系半導体メーカーなどが推進するHSA(Heterogeneous System Architecture)に関する戦略や開発環境などを解説するイベント「APU13」を、11月11日~13日(現地時間)の3日間に渡って米国カリフォルニア州サンノゼ市にあるサンノゼコンベンションセンターにおいて開催している。
リサ・スー博士
 初日の11月11日は、夕方から同社幹部による基調講演が行なわれ、マーケティング的な概要やHSAの全体的なアップデートなどに関する説明があった。この中で、AMD上席副社長兼グローバルビジネス事業部 事業本部長のリサ・スー博士は「次世代APUのKaveriは、856GFLOPSという高性能を実現し、その大部分はGPUが実現している。我々は2014年の1月にデスクトップPC版を発表し、その後ノートPC版やサーバー版などを投入する計画だ」と述べ、現行のメインストリームクライアントPC向けの「AMD A」シリーズAPU(開発コードネーム:Richland)の後継として「Kaveri」(カヴェリ)の出荷時期がデスクトップPC版は年明けに、ノートPC版などに関してはその後になると、当初の予定だった年内というスケジュールから若干ずれ込むことを公式に明らかにした。
 Kaveriは、HSAをサポートする初めてのAPUになる予定で、AMDにとっての戦略製品。若干のスケジュールの遅れがあっても、万全の体制で出荷したい考えと思われる。
全半導体メーカーの3分の2がHSA Foundationに属す
 APU13は、AMDが同社製品の開発者向けに行なっているイベントだが、メインテーマとして、AMDが2012年にARM、Imagination Technologies、MediaTek、TIなどと共同で立ち上げた業界団体HSA Foundationが推進するHSAが中心的な話題になる。HSAでは、CPUとGPUを1つのプロセッサのように扱って、それぞれ別々に利用していた時よりも高い性能を発揮できるようにする仕組みである
 現在のPCにせよ、タブレット/スマートフォンにせよ、SoC(System On a Chip)1チップで全てを実現するタイプのプロセッサが主流になりつつある。しかし、チップとしては1つであっても、実際にはCPUやGPUなどのブロックが混在しており、ソフトウェアはそれらを別々のものとして扱う。現在でもプログラマがそれを意識して開発することで、CPUとGPUを同時に利用するアプリを作ることは可能なのだが、そのためには特別な知識が必要だったりとハードルが高く、そうしたソフトウェアは主流とは言えないのが現状だ。
 そこで、HSAでは、これらをソフトウェアからも1つのプロセッサとして見えるようにプログラミングモデルを定義することで、プログラマが特に意識することなく、CPUも、GPUも、従来よりも効率よく利用することが可能にする。ソフトウェアがコンピュータにさせる処理には、CPUにやらせた方が速い処理と、GPUにやらせた方が速い処理があるが、HSAに対応したソフトウェアではそれらの処理をこれまでよりも簡単に、かつ効率よくCPUとGPUに割り振って実行できるようになる。
 AMDは、この構想を以前から温めており、以前はFUSION(フュージョン)という名で呼んでいたが、HSA Foundationを業界各社と設立し、HSAと言う名でオープンな規格として公開することを決めた。それを2012年6月にシアトルで行なったAFDS 2012で発表し、その後HSAの周知に努めてきた。
 リサ・スー博士はAPUについて、「我々は2011年に最初のAPU製品を出荷した。2012年にはデコード/エンコードエンジンが追加された製品を投入し、今年(2013年)は「Temash」(タマシ)/「Kabini」(カビーニ)といったSoCを投入した。さらに2014年にはユニークな製品を追加する予定。APUはノートブックPCやデスクトップPCだけでなく、タブレットや次世代ゲームコンソール、サーバー、組み込み向けなどさまざまな用途を想定している。2011年~2012年にはインストールベースのほとんどがPCだけで8,000万ユニットだったが、2014年にはPC以外の製品が大きく増え、1億5千万ユニットの出荷が予想されており、将来には3億ユニットのインストールベースが可能だと考えている」と、APUの対応プラットフォームが増えていくという見通しを語った。
 またスー氏は、「2012年に業界各社と結成したHSA Foundationは着実に進化を遂げている。実際、HSA Foundationに参加している企業が2012年に市場に出荷したインターネットに接続されるデバイスは、12億台の全市場の内、3分の2を占めている。HSAにどれだけの可能性があるかはこれで分かるだろう」と述べた。半導体メーカーでHSAに参加していない大手はIntel(3億台)とNVIDIA(1億台)となる。
AMDがリリースしてきたAPUの歴史。2011年に発表したLlano(ラノ)、2012年のTrinity(トリニティ)とその2013年型となるRichland、2013年にはSoCとなるTemash/Kabiniを投入してきた
APUの利用シーンはデスクトップPCやノートPCといった一般的PCだけでなく、タブレットや次世代ゲームコンソール、サーバー、組み込み向けなど多岐に渡る
2011~2012年にはAMDのAPUのインストールベースは8,000万台に過ぎないが、ゲームコンソールに採用されるなどすることで、2014年には1億5千万台に増えることが予想されており、さらに将来には3億台を超えることが期待できるという。その過半数はPC以外のデバイスとなる
12億台のインターネットに接続可能なデバイス(PC、タブレット、スマートフォンなどの合計)のうち、HSA陣営に属している半導体メーカーの製品を採用したデバイスが全体の3分の2を占めている
KaveriはデスクトップPC版を2014年1月14日に正式発表
先日発表されたばかりのRadeon R9 290X。なお、スー氏はこの製品のコードネームがHawaiiであると正式に明らかにした(これまでAMDはコードネームを正式には述べてこなかった)
 次いで、スー氏は「我々は10月に開発コードネーム『Hawaii』で知られてきた『Radeon R9 290X』を発表した。Radeon R9 290Xでは『Mantle』、『True Audio』などの新しい技術を実装し、我々がグラフィックス業界のリーダーであることを示せた。そして、次世代APUでは、HSAに対応するKaveriを2013年末に出荷開始する予定だ」と述べた。
 Kaveriは、AMDが1月のCESで公開したロードマップでは2013年末までに投入される計画になっていたがややずれ込むこととなった。
 スー氏によれば、Kaveriの演算性能は従来のAPUを大きく上回る856GFLOPSで、「IntelのHaswell世代でもダイのうちGPUが占める割合は31%だが、Kaveriは実に47%になっている。実際、Kaveriの856GFLOPSの性能のほとんどはGPUにより実現されている」と、SoCを大きくGPUに振ったことが、Kaveriの大幅な性能向上につながっていると説明した。
 KaveriのGPUコアはRadeon R9/R7シリーズにも利用されている「GCN」(Graphics Core Next)アーキテクチャに基づいており、Direct3D 11.2(いわゆるDirectX 11.2)、MantleやTrue Audioなどの機能にも対応しているという。
 CPUコアは「Steamroller」の開発コードネームで知られる最新コアで、最大でクアッドコア構成が可能。また、HSAに対応するため、メモリ空間をCPUとGPUで共有する「hUMA」、命令の実行をCPUとGPUで柔軟に行える「hQ」などの機能に対応している。
 スー氏はKaveriを搭載したPCのデモも披露した。比較対象として用意されたのは、Core i7-4770KにGeForce GT 630を搭載したシステムで、これとKaveriベースのAMD A10 APUと比較した。ベンチマークにはEAの「Battlefield 4」を使い、1,920×1,080ドットの解像度、設定はMediumで実行した。このデモで、Core i7-4770K+GeForce GT 630のシステムが10~15fps程度のフレームレートであったのに対して、A10 APUは25~30fps前後と概ね倍の性能を叩き出した。今回のデモはDirect3D版で行なわれており、Mantle対応版では、さらに高性能が実現されるということも強調された。
 スー氏によると、「Kaveriは非常に高い性能を持っているため、まずはゲーミングユーザーなどがターゲットになるデスクトップPC向けバージョンを先行させる。FM2+ソケットに対応したデスクトップPC版は2014年の1月14日に正式発表する計画で進めている。ノートブックPC版や、サーバー版はその後になる」という。
Kaveriは856GFLOPSの演算性能を実現し、HSAに対応した最初のAPUとなる
Intelの“APU”との比較。Intelの製品がダイにおいてGPUの占める割合が小さく、最新版のHaswellでも31%でしかないのに対して、Kaveriでは47%になっている
Kaveriの詳細。SteamrollerコアのCPUが最大クアッドコア構成で利用できる。GPUに関してはGCNアーキテクチャで、Direct3D 11.2対応
Kaveriの演算性能が高いのは、HSAするためのハードウェア(hQやhUMA)などを搭載しており、より効率よくソフトウェアを実行できるため
KaveriはRadeon R9シリーズなどでサポートされているプログラマブルなハードウェアオーディオのTrue Audioに対応
KaveriはAMDが新しく導入するプログラミングAPIとなるMantleにも対応する
KaveriとCore i7-4770K+GeForce GT 630を、Battlefield4で比較
Kaveriは、まずデスクトップPC版が1月14日に正式発表され、ノートPC版はさらにその後になる。詳しくは2014年1月のCESで発表される予定
【動画】左の数字がCore i7-4770K+GeForce GT 630のフレームレートで、右の数字がKaveriのフレームレート。概ねKaveriは2倍のフレームレートを実現していた
年明けにはHSA対応ソフトウェアを開発する環境が整う
フィル・ロジャース氏
 スー氏の後に登場したAMDフェローのフィル・ロジャース氏(HSA Foundation代表も兼任)は、HSAのクラウドサーバーへの展開に関する説明を行なった。
 ロジャース氏は「クラウドはすでにヘテロジニアスな環境が整いつつあり、シリアルとパラレルの両方のコードが混在している。例えば、ビデオの処理は2017年にクラウドサーバーにかかる負荷の3分の2になるという予測があるが、それらの処理もHSAの仕組みを利用することで、より効率的に処理することができる」と説明。
 また同氏はHSAの進展について触れ、「HSA Foundation設立時には、AMD、ARM、MediaTek、TI、Imaginationの5社で始めたが、その後QualcommとSamsungという重要な2社がファウンダーとして加わった。その後プロモーターとしてLGが、そのほかにも多数の半導体メーカーやOEMメーカーなどが加わってきており、2012年の後半には大学の参加も始まっている」とした。なお、ロジャース氏はこの講演中では明らかにしなかったが、APU13の会期中に新たにHSA Foundationに参加する企業が明らかになる予定だという。
 HSAは、現在4つのワーキンググループで仕様策定を行なっている。プログラマーズリファレンスワーキンググループが策定しているプログラミングマニュアルは3月にドラフトを既に出しており、年明けに正式版を発表する。HSAスペックワーキンググループの正式なガイドラインは年内に、ランタイムとツールワーキンググループが策定しているスペックは同じく年明けに正式版を発行する予定だ。これらに併せて、年明けにHSAの開発環境を出荷開始する
 このほかロジャース氏は、H.265に対応したビデオ処理、B+Tree(階層型インデックス処理)、Javaの処理にHSAを利用する開発環境などや、AMDの新しい開発キット(SDK)に関する紹介などを行なった。
ロジャース氏は、HSAはクラウドサーバーにも適したプログラミングモデルであると強調
HSAはPCやスマートフォンなどクライアント側だけでなく、サーバーでもメリットがある
HSAに参加する企業は増えており、今回のAPU13でも新しい参加企業が発表される予定
HSA Foundationの状況、ワーキンググループで作成が進められてきた各種の仕様は年末から年明けにかけて最終バージョンへ
AMDの新しい開発キット(AMD Unified SDK)は、従来2つに別れていたものを1つにまとめて提供
CODE XL 1.3は、HSAに対応したソフトウェア開発を容易にする各種ツールを提供する
(笠原 一輝)

関連リンク APU13のホームページhttp://developer.amd.com/apu/ AFDS 2012レポートリンク集http://pc.watch.impress.co.jp/backno/event/index_c105s1488.html

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投稿者 chintablog

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