AMDはZen 3ベースの「Ryzen Threadripper PRO 5000 WXシリーズ」(以下Ryzen Threadripper PRO 5000)を投入した。
 AMDのRyzen Threadripperシリーズは、クライアントPC向けに利用されているRyzenのダイ(1つで8 CPUコア)を最大8つ搭載した製品で、サーバー向けのEPYCと同じように最大64コア/128スレッドのCPUを実装することができ、HEDT(ハイエンドデスクトップPC)向けの製品として投入されている。
 Ryzen Threadripper PROはそのワークステーション版として位置づけられる製品で、HEDT向けのRyzen Threadripperの新製品よりも先に、ワークステーション向けのRyzen Threadripper PROが投入されることになった。
 2020年7月に発表された従来モデルはZen 2ベースだったが、今回CPUがZen 3ベースに更新され、CPUのIPC(Instruction Per Clock-cycle、1クロックサイクルあたりの命令実行数、CPUの実行効率のこと)が向上し、メモリ階層が低レイテンシになるなどして、より高い処理能力を発揮することが可能になっている。また、ブースト時には最大で4.5GHzに達するなどの強化もあり、性能が大きく向上されていることが大きな特徴だ。
製造業のDX化に伴い注目が集まりつつあるワークステーション市場、AMDのシェアはこの1年で大きくあがる
30L以上の容積を持つ筐体のワークステーション市場でAMDの市場シェアが伸長している
 近年、AIやデジタルトランスフォーメーション(DX)が製造業でも当たり前になってきたこともあり、ワークステーションPCへの需要は高まり続けている。例えば、日本の製造業の代表と言える自動車産業では、すべてをワークステーションPC上で設計し、そのデータを利用してシミュレーションを走らせて動作検証まで行なうといったフルデジタルの設計が当たり前になっている。このため、ワークステーションへ必要とされる性能は従来よりも高まっており、CPUやGPUといったPCの性能を左右するコンポーネントにはいずれも最高性能の物が求められている。
 AMDによれば、昨年そうしたワークステーション市場でのAMDの市場シェアは大きく上昇したという。AMDが公開したIDCの30L以上の筐体を持つようなプロ向けのワークステーションPC市場シェアデータによれば、2021年の第1四半期には33%の市場シェアだったが、2021年第4四半期には60%に向上しており、プロ向けのワークステーションPC市場で大きく市場シェアを伸ばしていることがわかる。
 こうした傾向はワークステーション市場だけでなく、サーバー市場でも同様なことはよく知られている。その最大の理由は、サーバーにせよ、ワークステーションにせよ、いずれもCPUコア数=性能という認識があるからだろう。Intelの第3世代Xeon Scalable Processors(以下Xeon SP、Ice Lake-SP)のCPUコア数は、1パッケージあたり最大でも40コアで、1パッケージで最大64コアを実現しているRyzen ThreadripperやEPYCにはCPUコア数でかなわないというのが現状だ。
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 AMDがそうしたリードを実現できている理由は、AMDがチップレットと呼んでいる、パッケージに複数のダイを実装する技術を、Intelなどの競合他社に先駆けて導入したことにある。AMDはCPUコアだけのダイを設計し、それを1つ(最大8コア)ないしは2つ(最大16コア)搭載したものをクライアントPC向けのRyzenに導入し、最大で8つ搭載したものをEPYCそしてRyzen Threadripper/Ryzen Threadripper PROに投入している。CPUコアのダイは共通で生産できるため、半導体メーカーにとって重要な歩留まりの向上といった面でもメリットがあるし、1つのダイから複数のセグメントの製品に容易に展開できるというメリットがある。
AMDはチップレット技術により1つのパッケージにCPUダイ8つとIOD(I/Oダイ)の合計9つのダイを実装している
 競合のIntelの場合は、現行製品の第3世代Xeon SPでもモノリシック(単一)ダイ設計のままで、AMDのチップレットのような技術が導入されるのは、今月に出荷が開始される予定の「Sapphire Rapids」という製品からになっている。
 今回発表されたRyzen Threadripper PRO 5000も、そうしたEPYC、Ryzen Threadripperシリーズの延長線上にある製品だ。最大で8つのCPUダイと、1つのI/Oダイ(IOD)という構造は従来製品と全く同様で、その意味では従来の製品の延長線上にある製品だと言える。製造技術も従来と同じTSMC 7nm(7N)ノードで変わりはない。メモリも8チャンネルで、ECC UDIMM/RDIMM/LRDIMMを利用して実装することができ、最大2TBでDDR4-3200まで対応という点も同様だ。
ワークステーション市場向けに投入されたRyzen Threadripper Pro 5000シリーズ、Zen 3ベースに強化
Zen 2のRyzen Threadripper PRO 3000とRyzen Threadripper PRO 5000の違い
 では従来製品と何が違うのかと言えば、それはCPUダイが、従来製品(Ryzen Threadripper PRO 3000 WXシリーズ、以下Ryzen Threadripper PRO 3000)ではZen 2ベースだったのに対して、今回の製品ではZen 3ベースになっていることだ。8コアのCPUダイがパッケージ上に8つ搭載されていて、最大64コア/128スレッドという点では同じなのだが、CPUの内部アーキテクチャが改善されることで、CPUのIPC(Instruction Per Clock-cycle)が向上して、1クロックあたりに実行できる命令数が増える、つまりCPUの命令実行効率が大きく改善している。

【表1】Ryzen Threadripper PRO 3000とRyzen Threadripper PRO 5000の違い

Ryzen Threadripper PRO 3000

Ryzen Threadripper PRO 5000

CPUアーキテクチャ

Zen 2

Zen 3

CPUコア数/スレッド

64コア/128スレッド

64コア/128スレッド

最大ブースト周波数

4.3GHz

4.5GHz

L3キャッシュ

256MB(4コアで16MBをシェア)

256MB(8コアで32MBをシェア)

セキュリティ機能

AMDセキュアアーキテクチャ
AMDメモリガード
AMDセキュアプロセッサ

AMDセキュアアーキテクチャ
AMDメモリガード
AMDセキュアプロセッサ
AMD Shadow Stack
 また、CPUの性能向上に重要なメモリレイテンシも、Zen 3になってメモリ階層が見直されることで大きく向上している。
 Zen 2世代だった従来の製品では、8コアのCPUダイのうち4つのCPUが1つのクラスタ(CCX)として構成されており、CPUコア2つに8MB、つまり4コアのクラスタ全体で16MBのL3キャッシュをローカルキャッシュとして扱う仕組みになっていた。それに対して、Zen 3では8つのCPUコアすべてがダイ上に実装されている32MBのL3キャッシュをローカルキャッシュとして共有する仕組みになっている。
 これにより(もちろん他のCPUコアが使っていないという前提条件はつくが)1つのCPUコアが最大で32MBまで利用することが可能になり、キャッシュにデータがあればメモリレイテンシが削減されて、CPU全体の性能が向上する。なお、パッケージ全体のL3キャッシュ容量は従来と同じ最大256MBまでとなる。また、I/O周りは従来製品と同じで、PCI Express Gen 4が最大128レーン実装可能となっている。
2ソケットのIntel Xeon Platinum 8280コア(28コア×2)との比較
 従来製品ではブースト時の最大クロックは4.3GHzまでだったが、今回の製品では4.5GHzに引き上げられている。こうした改良により、2ソケットのIntel Xeon Platinum 8280コア(28コア×2)と比較してあたりの電力は最大67%低下しているのに、レンダリング性能は39%上がっており、電力効率は最大で2倍になるとAMDは説明している。
AMD PROの管理機能が用意されている
 Ryzen Threadripper PROシリーズは「PRO」ブランドを冠していることもあり、企業向けの管理機能「AMD PRO」も搭載されている。AMD ProはDASHベースの管理機能を備えており、DASHに対応したソフトウエアなどを利用して容易にリモート管理などが可能になる。また、この世代から制御フロー攻撃の検出と阻止を実現するAMD Shadow Stackの機能が追加されている。
 AMDによれば、以下のようなSKUが用意されているという。

【表2】Ryzen Threadripper PRO 5000シリーズのSKU

5995WX

5975WX

5965WX

5955WX

5945WX

コア/スレッド

64/128

32/64

24/48

16/32

12/24

ターボ時最大/ベースクロック

最大4.5/2.7

最大4.5/3.6

最大4.5/3.8

最大4.5/4.0

最大4.5/4.1

キャッシュ合計

288MB

144MB

140MB

72MB

70MB

TDP

280W

280W

280W

280W

280W

PCI Express Gen 4レーン数

128

128

128

128

128

メモリ

最大2TB

最大2TB

最大2TB

最大2TB

最大2TB

ソケット

sWRX8

sWRX8

sWRX8

sWRX8

sWRX8
従来モデルとのSKU比較
 従来モデルとの違いは5965WXというSKU下2桁が65の製品が追加され、合計で5つのSKUに拡張されたことだ。この5965WはCPUが24コアの製品となり、プライスレンジが広がることで、ユーザーの選択肢が増えることになる。
プロ向けの各種アプリケーションの最適化も行ない、大幅に性能が向上している
ISVと最適化を進めた結果、リアル環境での性能が向上
 今回AMDはこうしたRyzen Threadripper PRO 5000シリーズの発表に合わせて、ビジネスユースで利用されるソフトウエアの最適化を、ISV(独立系ソフトウェアベンダー)と協力して進めている。例えば、ANSYS Mechanical、Autodesk Arnold、Adobe After Effect、Solidworks Plastics、PTC Generative Design、Simerics CFD、Chaos V-RAYなどで最適化を進めており、例えば、ANSYS Mechanicalでは最適化後に2.3倍も高速化を実現したという。
Autodesk MAYAの性能
IntelのXeon Wシリーズとの性能比較
Intel Xeon W-2295との性能比較
 このため、そうしたプロ向けのソフトウエアで性能が大きく向上しており、2ソケットのIntel Xeon Platinum 8280(28コアCPU、第2世代Xeon SP)とRyzen Threadripper PRO 5995X(64コア)を比較すると、シングルソケットのRyzen Threadripper PRO 5995WXがAutodesk MAYAで51%高い性能を発揮するという。
 他にも同じ32コア同士の比較になるRyzen Threadripper PRO 5975WX(32コア)とXeon W3365(32コア)とを比較すると、5975WXが40%高速になっている。同様に、同じCPUコア数の第3世代Xeon SPを上回っていることが、AMDが公開した資料よりわかる。
現行はRyzen Threadripper PRO 3000が搭載されているThinkStation P620が今後は5000シリーズ搭載となる
 AMDによれば、Ryzen Threadripper PRO 5000は今後LenovoのThinkStation P620(現行製品はRyzen Threadripper PRO 3000シリーズが搭載されている)などに採用される予定で、今後3000シリーズを搭載した製品が5000シリーズに置きかえられていくことになる。AMDによれば、既に提供が開始されているということだ(なお、現状米国Lenovoのサイトではまだ選択肢としては登場していない)。
 こうしたワークステーション製品は、何より重要視されるのは性能になる。AMDが公開した資料を見る限りは、現状でRyzen Threadripper PRO 5000は最も強力な性能を持つワークステーションCPUといって差し支えないだろう。今後新しいワークステーションを検討するということになれば、Ryzen Threadripper PRO 5000シリーズは最初に検討してみる必要があると言えるだろう。

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投稿者 chintablog

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