Qualcomm Snapdragon 8cx Gen 3
薄型ノートPC向けのSoCの選択肢として、最新製品では4つの選択肢(AMD Ryzen 6000、Apple M2、Intel 第12世代Core、Qualcomm Snapdragon 8cx Gen 3)があるということを、本連載でも何度か取り上げてきた。
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今回はそのシリーズの最後として、これまで取り上げてこなかったQualcommのSnapdragon 8cx Gen 3を取り上げたい。今回はSnapdragon 8cx Gen 3を搭載したLenovo 「ThinkPad X13s Gen 1」をテストする機会を得たので、その結果などを紹介していきたい。
QualcommのPC向けSoCの特徴は、Armプロセッサの特徴であるアイドル時の消費電力が低いという特長を活かして、同じバッテリ容量であってもバッテリ駆動時間が長くなることで、最新製品のSnapdragon 8cx Gen 3でも同様の特徴を維持しているだけでなく、性能が従来世代に比較して向上していることになる。
5nmプロセスルールに微細化され、CPU、GPUともに性能が上がっているSnapdragon 8cx Gen 3
Snapdragon 8cx Gen 3を搭載したLenovo ThinkPad X13s Gen 1
Qualcomm Snapdragon 8cx Gen 3は、スマートフォン向けのSoCでトップシェアを誇るQualcommのPC用SoCになる。PC向けの初代になるSnapdragon 835から数えると5世代目にあたり、ブランド名が8cxになってからは3世代目となる。その詳細に関しては既に昨年12月の発表時点で以下の記事で解説しているのでそちらをご参照いただきたい。
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上記の記事で詳しく解説しているように、Snapdragon 8cx Gen 3は製造プロセスルールがSamsungの5nmへと微細化されており、それに合わせてCPUとGPUが強化されているのだ。
CPUコアはbig.LITTLEアーキテクチャの高性能コアがCortex-X1、高効率コアがCortex-A78という構成になっている。通常Cortex-A78は高性能コアに使われるCPUコアなのだが、それがSnapdragon 8cx Gen 3では高効率コアとして利用されているのが最大の特徴になる。一般的な高効率コアに使われるCortex-A510やCortex-A55などに比べると消費電力は増えるが、スマートフォンに比べると大容量のバッテリを搭載することで、性能がスマートフォンよりも重視されるPCではこれでいいという判断だろう。
ただし、このことは、バッテリ駆動時間が短くなるということと同義ではない。確かに、アプリケーションでCPUをフルに使うと消費電力は増えると思うが、実際のところユーザーがバッテリで使っている時に影響するのはそうした消費電力ではなく、PCがアイドルになっている時の消費電力だ。というのも、ユーザーがPCを使っている時にはCPUは90%以上の時間がアイドル状態にあるからだ。従ってアイドル時の消費電力を減らせば減らすほど、バッテリ駆動時間が延びることになる。
スマートフォン由来のArmプロセッサの利点はまさにここにある。もともとハイパフォーマンス重視のx86系プロセッサはそこをあまり重視してこなかったので、アイドル時の消費電力はArmプロセッサよりもやや高めになっている。そのため、バッテリ駆動時にCPUやシステムなどが平均的に消費している「平均消費電力」がArm系よりも高い。SoC以外の要素(メモリやストレージ、ディスプレイ)などが同等であれば、Snapdragon 8cx Gen 3はx86系のプロセッサよりもより長時間駆動することができる、これが最大の特徴と言って良い。
なお、GPUのAdrenoに関しては、詳細が明らかにされていないという状況は昨年(2021年)12月と変わっていない。ただ、今回のテストに利用したSnapdragon 8cx Gen 3を搭載したThinkPad X13s Gen 1の詳細スペックを見ると、GPUはAdreno 690であると書かれている。それがどんな仕様のGPUなのかは分からないが、Qualcommは前世代に比べて60%性能が向上すると説明している。
Snapdragon 8cx Gen 3を搭載しているLenovo ThinkPad X13s Gen 1、ミリ波5Gに対応
こうしたSnapdragon 8cx Gen 3を搭載したノートPCとしてLenovoが販売しているのがThinkPad X13s Gen 1。13.3型WUXGA(1.920×1,200ドット)という16:10のアスペクト比を持つディスプレイを採用したクラムシェル型のノートPCとなる。
Lenovo ThinkPad X13s Gen 1
これまでSnapdragon 8cxを搭載した製品は、MicrosoftのSurface Pro Xのように脱着式、あるいは360度回転ヒンジを備える2in1デバイスが一般的だったが、ThinkPad X13s Gen 1は一般的なクラムシェル型ノートPCになっている(ディスプレイはタッチありとタッチなしの両方がラインアップされている)。つまり、いわゆるオフィスワーカーやビジネスパーソンなどをターゲットにしたビジネス向けのノートPCだ。
本体の左側面にはUSB Type-Cが2ポート
本来の右側面にはヘッドフォン端子とSIMカードスロット(NanoSIMカード)
キーボードは一般的なThinkPadの6列配列キーボード、Intel版の13インチと同じキー配置だ
このため、ビジネス向けのノートPCとして、ThinkPad X13s Gen 1はスペックも過不足がない。SoCは前述の通りSnapdragon 8cx Gen 3、メモリは8~32GB(モデルにより異なる、CTOモデルでは選択可能)、ストレージは最大1TBのSSD(M.2 2242で実装される)となっており、定評あるThinkPadの6列配列キーボードを備えている。
ポート類はシンプルで、左側面にはUSB Type-C(USB 3.2 Gen 2=10Gbps対応)が2つ、右側面に3.5mmのヘッドフォン端子が1つ、Kensington Nano互換のセキュリティーケーブル用ホールが1つとなっている。
また、ほかのノートPCにはない特徴として、5Gでかつミリ波(28GHz帯)に対応していることも大きな特徴だ。5Gのミリ波は28GHzという超広帯域を利用する通信方式で、基地局がカバーできる距離は短いが、1つの基地局がより広帯域をカバーすることができる。
いわゆるサブ6と呼ばれる6GHz以下の5Gは、面を広くカバーする方式で、1つ1つの端末の通信速度が多少落ちても多くの端末をカバーする方式であるのに対して、ミリ波は小さく点をカバーする形にはなるが、そこにいる端末1つ1つにはサブ6よりも高速な通信速度を実現できる。
このため、将来的に駅の周辺や野球のスタジアムなどといった人が多く集まるところなどで、ミリ波のアンテナが建っていけば高速通信が可能になる。日本の通信キャリアは世界に先駆けてミリ波のアンテナを既に駅周辺などに建て始めており、今後も増やしていく計画になっており、将来的にそうしたメリットを享受できる可能性がある。
5Gはサブ6とミリ波の両方に対応している。中央にあるワイヤレスWANカードをよく見ると、アンテナが7本も出ている。それがこの製品がミリ波に対応していることを示している
なお、カメラに関しては500万画素のMIPI接続のカメラが採用されている。モデルによるが、Windows Helloに対応した顔認証機能と電子シャッター(Fn+F9でオンオフが可能)を備えており、必要のない時は電子的にオフにしておくことが可能。こうしたカメラはスマートフォン譲りのMIPI接続のカメラになっており高画質なのが特徴と言え、カメラの画質を重視したいビジネスパーソンにとってはうれしい選択肢と言える。
カメラ
性能は前世代からは大きく向上、長時間バッテリ駆動という特性は変わらない
それではベンチマークプログラムを利用してSnapdragon 8cx Gen 3の性能を調べていきたい。これまでのRyzen 6000、Apple M2、第12世代Coreの評価にはCPUはCinebench R23、GPUはGFXBench 5.0.5を利用してきた。同じベンチマークプログラムを使うのは、その評価軸ができるだけ歪まないようにと考えているためで、可能であれば同じプログラムを使うようにしている(過去のデータと比較できるというメリットもある)。
しかし、今回のSnapdragon 8cx Gen 3を搭載するThinkPad X13s Gen 1を評価するにあたって、そのどちらも利用できないため、別のテストツールを利用して評価することにした。
まずCinebench R23は、Arm版Windows向けのバイナリが用意されておらず、x64版を実行する必要があり、バイナリ変換して実行されるため、正確な数値が測れない。GFXBench 5.0.5に関してはArm版Windowsネーティブのバイナリが用意されているのだが、それをインストールした後ThinkPad X13s Gen 1で起動してネットワーク経由で必要なモジュールをダウンロードする段階でエラーになってしまい動作しなかった。Surface Pro Xではまったく問題なく動作していたので、ThinkPad X13s Gen 1の固有の問題だと判断して、こちらも諦めることになった。
そこで、今回はUL BenchmarksのPCMark10に含まれるPCMark10 Applicationsと、そのバッテリベンチマークを利用することにした。
比較対象として用意したのは第11世代Coreを搭載した「Surface Pro 8」、第11世代Core H35を搭載した「VAIO Z」、そしてMicrosoft SQ2(Snapdragon 8cx Gen 2相当)を搭載した「Surface Pro X」だ。それぞれでPCMark10 Applicationsとそのバッテリテストを計測し、その計測時間を各マシンのバッテリ容量で割ることで求められるシステムの「平均消費電力」を数値化している。今回テストした環境は以下のようになっている。