Snapdragon 8 Gen 1のモデルを掲げるQualcomm 上席副社長 兼 モバイル・コンピュート・インフラ(MCI)事業本部長 アレックス・カトージアン氏
 Qualcommがハイエンドスマートフォン向けSoCの最新製品となる「Snapdragon 8 Gen 1」を発表した。その発表概要に関しては別記事が詳しいためそちらをご覧いただくとして、本記事ではその後発表された技術的な詳細などに関して解説していきたい。
 Qualcommによれば、CPUの新KryoはCortex-X2が1コア、そして詳細は未発表の高性能コアが3コア、同じく詳細は未発表の高効率コアが4コアという構成になっており、従来製品(Snapdragon 888)のCPUと比較して性能が20%、電力効率が30%向上しているという。GPUに関しても同社が「新アーキテクチャ」とだけ説明する新しいアーキテクチャを採用していることで、性能が30%、電力効率が25%改善していると説明している。
 今回のSnapdragon 8 Gen 1で力が入れられているのがISP(Image Signal Processor)とAIエンジン。前者に関しては18bit ISPを3つ搭載し、処理能力が大きく向上しており、18bit RAWの静止画を撮影や、8K HDRの動画を撮影することが可能な性能を持つ。後者に関してはCPU/GPU/DSPをソフトウエアレベルで異種混合して実現されているAIエンジン性能が、従来製品に比べて4倍となっている。
CPUは性能20%電力効率30%、GPUは性能30%電力効率25%向上
Qualcommが公開したSnapdragon 8 Gen 1の技術概要
 Snapdragon 8 Gen 1のCPUとなる新Kryo(この世代から各プロセッサの3桁数字のブランディングは廃止された)は、Cortex-X2が1コア、そして詳細は明らかにされていないが高性能コアが3コア、高効率コアは4コアという構成になっている。
 超高性能コアとなるCortex-X2は、今年の5月にArmが発表した超高性能CPUコアで、シングルスレッドの性能を大きく引き上げるための設計が施されているコアとなる。Cortex-X2はL2キャッシュが1MBになっており、クロックは最高で3GHzまで引き上げることができる。
 Arm系CPUは、big.LITTLEの仕組みを採用し、高性能コアと高効率コアを合わせて8コア構成などになっているためマルチスレッド時の性能はそれなりに高いが、シングルスレッド時の性能が弱点だったので、Cortex-X2のように低レイテンシでL2キャッシュが大きなCPUコアを採用することで、シングルスレッド時の性能が大きく引き上げられていると考えることができる。

【表1】Snapdragonの進化の歴史(Qualcommの資料などにより筆者作成)

Snapdragon 8 Gen 1

Snapdragon 888

Snapdragon 865

Snapdragon 855

Snapdragon 850

Snapdragon 835

発表年

2021年

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

CPUブランド名

新Kryo

Kryo 680

Kryo 585

Kryo 485

Kryo 385

Kryo 280

ベースデザイン

Cortex-X2/高性能(1コア+3コア)+高効率(4コア)

Cortex-X1/A78(1コア+3コア)+Cortex-A55(4コア)

Cortex-A77(4コア)+Cortex-A55(4コア)

Cortex-A76(4コア)+Cortex-A55(4コア)

Cortex-A75(4コア)+Cortex-A55(4コア)

Cortex-A73?(4コア)+Cortex-A53?(4コア)

L3キャッシュ

6MB

4MB

4MB

2MB

2MB

?

GPUブランド名

新Adreno

Adreno 660

Adreno 650

Adreno 640

Adreno 630

Adreno 540

メモリバス幅

(未公表)

(未公表)

(未公表)

4×16ビット

4×16ビット

4×16ビット

メモリ種類/データレート

LPDDR5-3200MHz

LPDDR5-3200MHz/LPDDR4x-2133MHz

LPDDR5-2750MHz/LPDDR4x-2133MHz

LPDDR4x/2133MHz

LPDDR4x/1866MHz

LPDDR4x/1866MHz

理論帯域幅

(未公表)

(未公表)

(未公表)

約34.1GB/秒

約29.9GB/秒

約29.9GB/秒

DSP

新Hexagon

Hexagon 780

Hexagon 698

Hexagon 690

Hexagon 685

Hexagon 682

ISP

新Spectra

Spectra 580

Spectra 480

Spectra 380

Spectra 280

Spectra 180

モデム

X65(内蔵)

X60(内蔵)

X55(外付け、5G/7.5Gbps)

X24(CAT20, 2Gbps)

X20(CAT18, 1.2Gbps)

X16(CAT16, 1Gbps)

製造プロセスルール

4nm

5nm(Samsung)

7nm(N7P)

7nm(N7)

10nm(Samsung)

10nm(Samsung)
 高性能コアと高効率コアが何かは現時点では明らかにされていない。昨年のSnapdragon 888では高性能コアはCortex-A78、高効率コアはCortex-A55になっていたが、Cortex-X2と同時に発表されたCortex-A710、Cortex-A510になっているかは現時点では明らかではない。高性能コアは最大2.5GHz、高効率コアは最大1.8GHzになっている。こうした改善により性能は20%、電力効率は30%改善されているとQualcommは説明している。
Snapdragon 8 Gen 1のCPU
 GPUに関しては新Adrenoになり、内部アーキテクチャが見直され性能は30%向上し、電力効率は25%改善したと発表されているが、内部アーキテクチャのどこが改善され、エンジン(コア)数がどれだけ増えたかなどは全く明らかにはされていない。
 GPUのドライバも改良されており、VulkanのAPIを利用してゲームが描画する場合には、Vulkanドライバの効率が改善したことも加えて60%性能が向上する。
Snapdragon 8 Gen 1のGPU
Vulkanドライバーが60%性能向上
 そのほかにも、ゲーミング向けの新しい機能として「Frame Motion Engine」、「VRS Pro」、「Adreno Control Panel」などの新機能が追加されている。Frame Motion EngineはフレームレートのデータなどをGPU側のエンジンが参照して、ゲーム側にそのデータを渡すことで、消費電力を増やすことなくより多くのフレームを表示させることが可能になる。
「Frame Motion Engine」、「VRS Pro」、「Adreno Control Panel」
Frame Motion Engine
VRS Pro
 VRS Proは以前のAdrenoでもサポートされていたVRS(Variable Rate Shading)の強化版で、ゲーム開発者がこれをうまく使うと表示品質を落とすことなく効率よくレンダリングすることが可能になり、フレームレートを向上させたり電力効率を改善することができる。
Adreno Control Panel
 Adreno Control Panelは、ゲーム時のさまざまな標準設定を行なうコントロールパネルで、PCで言うところの「NVIDIA Control Panel」や「AMD Radeon Software」のQualcomm版だと考えれば理解しやすいだろう。このAdreno Control PanelからAndroidのAdreno用グラフィックスドライバなどのバージョンアップも可能だ。
ゲーミング機能のまとめ
18bit対応ISPを3基内蔵し3.2Gピクセル/秒の処理能力を備えた新Spectra
18bit ISPを3つ内蔵しているSnapdragon 8 Gen 1
 今回のSnapdragon 8 Gen 1の最大の特徴は、ISP(Image Signal Processor)の新Spectraの強化にあると言っても過言ではない。
 QualcommはSnapdragon 888でISPを2つから3つに拡大した。それにより性能を大きく向上させ、ISP単体で2.7Gピクセル/秒の処理能力を持つようになっており、以前から可能になっていた8K動画の撮影に加えて、4K/120Hzの撮影や、4K Computational HDRのサポート、1インチセンサーのサポートなどの特徴を既に実現していた。
Snapdragon 888で実現されていたISPの機能
Snapdragon 865では14bit ISPが2つ
Snapdragon 888では14bit ISPが3つに拡張
 今回Qualcommは新SpectraのISPのカラー深度を14bitから18bitへと拡張した。もちろん、CCD側の入力が10bitなどであれば、そのままでは意味がないが、Spectraの内部で18bitに拡張して色表現をすることで、高色域な写真や動画を撮影できるようになる。
 また、CCD側が対応していればという条件はつくが、18bit RAWでの撮影も可能になり、より鮮明な静止画を撮影することが可能だ。そうしたことが可能になるのも、ISP自体の性能が引き上げられ、3.2Gピクセル/秒と従来世代に比較して強化されていることも影響している。
18bitに対応
3.2Gピクセル/秒へと性能向上
 そうした性能強化は静止画の撮影にも活用できる。例えば低照度の環境での撮影では、複数の画像を撮影し、その画像の良いところを組み合わせて「奇跡の1枚」を作り出す手法が一般的だ。
 従来のSnapdragon 888では14bitの6枚の画像から1枚の画像を作り出していたが、Snapdragon 8 Gen 1では18bitの30枚の画像から1枚の画像を作り出すことができるため、より低照度の環境でも明るく鮮明な映像を作り出すことができる。
Snapdragon 888での低照度での撮影
Snapdragon 8 Gen 1での低照度での撮影
18bit RAW画像の撮影も可能
 また、従来のSnapdragon 888では8K撮影時にはHDRには未対応だったが、Snapdragon 8 Gen 1では8K HDRに対応した動画の撮影が可能になる。AppleのiPhone 13 Pro/Pro Maxではそもそも8Kの撮影には対応していないため、8Kのみならず、8K HDRに対応した動画が撮影できることは、Snapdragon 8 Gen 1を搭載したスマートフォンのアドバンテージになりそうだ。
8K HDR動画の撮影が可能に
8K HDRの動画撮影をしながら同時に6400万画素の静止画を撮影可能
ISP周りのまとめ
異種混合型の第7世代のQualcomm AIエンジン、従来世代に比較して4倍の処理能力を実現
第7世代となるQualcommのAIエンジン、CPU/GPU/DSPを異種混合で利用する、Snapdragon 888に比べて性能が4倍に
 Qualcommは以前の世代から、CPU、GPU、DSPを異種混合(ヘテロジニアス)に利用してAIの機能を実現している。具体的にはQualcommが提供する開発キットにより、自動的にCPU、GPU、DSPに処理を割り振って処理することで、AIの機能を実現し、性能を引き上げている。そうしたQualcommのAIエンジンもこのSnapdragon 8 Gen 1で第7世代となり、安定度も向上し、対応するアプリケーションも増加傾向にある。
Tensorアクセラレータが2倍になり、シェアードメモリが倍になった
ソフトウエア的にはINT8とINT16の精度を混在させることが可能になった
性能は4倍になった
 今回Qualcommはいくつかの点でAIエンジン全体の性能を強化している。第一にハードウエアの強化で、既に説明してきた通り、CPUとGPUの性能を引き上げ、DSPに関しても内蔵Tensorアクセラレータの性能を倍にし、さらにそのアクセラレータが利用するシェアードメモリの容量を倍にしている。
 また、ソフトウエア面でも改良が加えられており、以前からサポートされていたINT8、INT16、FP16といった精度に加えて、INT8とINT16の混合精度を利用可能になっている。これにより必要に応じて精度を切り替えることで、さらに性能を引き上げることができる。これらの強化により、従来のSnapdragon 888に比べてAIの性能は最大4倍になっているとQualcommでは説明している。
 また、従来のSnapdragon 888にも搭載されていたQualcomm Sensing Hubも第3世代に強化されている。このQualcomm Sensing HubはDSPなどが内蔵されており、SoC全体がアイドル状態にあっても動作し続けており、例えば特定のワード(OK Googleなど)が音声として入力されたときに反応して、SoC全体を通常モードに戻すといった役目を果たすことができる。これによりアイドル時の消費電力を増やすことなく、音声入力によるレジュームが可能になる。
Qualcomm Sensing Hub
常時カメラをオンにするためにQualcomm Sensing Hubに第4のISPが追加された
 今回Snapdragon 8 Gen 1に搭載された第3世代のQualcomm Sensing Hubには新たにISPが追加されている。これにより、ISPが少ない電力で常時電源が入っている状態が可能になり、ISPがカメラからの画像で特定の人物などを認識した場合に、SoC全体をオンにし、顔認証で自動的に端末のロックを解除するなどが可能になる。Qualcommが公開したビデオでは、キッチンに立てかけておいたスマートフォンに顔をかざすだけで、スマートフォンが起動し、ロックが解除させる様子がデモされた。
ISPが持ち主を画像認識するとスリープから復帰する
 なお、このQualcomm Sensing Hubに内蔵されているISPは、SoCのメインメモリからは独立したメモリを持っており、Qualcomm Sensing HubのISPからだけアクセスが可能になっている。このため、Qualcomm Sensing HubのISPを利用しての動画撮影や静止画撮影などはできないようになっている。これはユーザーのプライバシーを保護するためだ。
AIのまとめ
iPhoneに採用されているA15 Bionicとの差などは後日公開か、プロセスルールは4nm
公開されたベンチマークデータ
 以上のような強化により、従来のSnapdragon 888に比べて性能が大きく向上しており、同社が「Competitor A」と呼ぶAppleのiPhone 13シリーズに搭載されているA15 Bionicとの比較では、ベンチマーク開始10分時点での差のみが公開されたが、Snapdragon 8 Gen 1の電力効率が大きく上回るというものだった。
 ただし、開始すぐの性能ではないことと、そもそも絶対的な性能が公開されていないなど、現時点ではA15 Bionicに比べてどの程度の性能を持っているかは明らかではない。通常QualcommはSnapdragon Tech Summit終了後、1~2週間たってから性能を公開するのが通例であるので、その結果を待ちたいところだ。
 Snapdragon 8 Gen 1の製造プロセスルールは4nmと公開されている。それが4nmの製造ラインを提供している2つのファンダリ(TSMCないしはSamsung)のどちらを利用しているのは現時点では明らかではないが、昨年(2020年)のSnapdragon 888がSamsungの5nmを使っていたことなどを考えれば、Samsungの4nmで製造されると考えるのが妥当だろう。
 TSMCもSamsungもどちらもそうだが、4nmは5nmの改良版というのが正しい表現で、世代的には大きく進化しているわけではない。したがってプロセスルールの進化による性能や電力効率の上がり幅は、あまり大きくないと考えることができる。どちらかと言えば、性能向上はCPUやGPUなどのアーキテクチャ側の進化が大きいと考えることができるだろう。

AMDが2.5D/3Dパッケージング技術で先行。大容量L3のMilan-Xと競合を圧倒するInstinct MI200の秘密

Arm版Windows用の「Snapdragon 8cx Gen 3」の正体と、予想される性能
▲[笠原一輝のユビキタス情報局]の他の記事を見る

関連記事

Qualcomm、スマホ向けハイエンドSoC「Snapdragon 8 Gen 1」。AI性能4倍、GPU性能30%増
2021年12月1日

Arm、性能/電力効率を3割強化した「Cortex-X2」。PCもターゲットに
2021年5月25日

投稿者 chintablog

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です